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またいつか、ディズニーランドに

東日本大震災があった2011年3月11日の夜でした。

テレビではすべてのチャンネルで特別報道番組を絶え間なく放送し、地震と津波の被害の大きさが刻々と伝えられていた頃、そして日本中の人たちが不安な気持ちに沈んでいた頃でした。日本で起きたこの災害のニュースは、瞬く間に世界中に伝わり、海外の友人からも安否確認のメールをもらっていたので、その返事などを書くためにインターネットを使っていました。
Facebookでメッセージを読んだり書いたりしていたとき、バンコクにいる友人(タイ人20代女性)からFacebookのチャットメッセージが表示されました。
“Are you ok?”
チャットは始めてしまうと時間がかかるので、ふだんはあまり使わないんですが、安否を心配してくれているので、「大丈夫です」と返事を返してきました。すると、彼女のタイ人の友だちが、そのとき、東京ディズニーランドにいるというんです。その頃、すべての鉄道は止まり、ディズニーランドがある浦安市は広範囲にわたって液状化していました。
「友だちがディズニーランドにいます。
 彼女は日本語がわからないです。
 Nobosamaの携帯電話番号を教えて良いですか?
 彼女を助けてあげてください。」
携帯電話の番号を教えてもらうことはかまわなかったのですが、そのとき、僕が住んでいる埼玉県も携帯電話の着信規制が行われていて、ほぼ通話できない状況でした。どうやら、その旅行中のタイ人は、バンコクに住む僕の友人に電話をして、どうしたら良いか相談しているようでした。
日本語がわかる日本人でさえ東京でも大混乱になっている頃でした。帰宅難民と呼ばれる人々が、一時的に避難する場所を探したり、自宅まで歩いて帰ったりしている状況でした。しかも、そのような状況になっていることは、自宅でテレビを見ていたから分かることで、自分が帰宅難民になってしまっている人たちは、この混乱の全貌がまったく見えない状況だったと思います。まして、日本語がわからないタイ人は、一体、日本はどうなってしまったのかが分からない状況だったのではないかと思います。
もしかしたら、SMSは使えるかも知れない。そう思って、僕はバンコクにいる友人に、僕の携帯電話番号をその人に教えるように伝えて、SMSでメッセージを送るように伝えてもらいました。しばらくして、ディズニーランドにいるタイ人からSMSが来たので、東京周辺の鉄道がすべて止まっていること、ホテルにもどる方法はタクシーやバスになること、しかし、それらの交通機関も混乱しているので使えるかわからないことなどを伝えました。その後、何度かSMSでメッセージのやりとりをしてみて、どうやらディズニーランドでは多くの人が安全に暖かい場所で避難できているようだったので、夜が明けるまでディズニーランドにいるように伝えました。
後日分かったところでは、彼女は何人かのタイ人グループで日本に遊びに来ていて、今回の大震災に遭遇したのでした。結局、彼女たちは、予定を切り上げてタイに帰国しました。
今回の地震では、携帯電話がとても脆弱な通信手段であることを思い知りましたが、彼女たちのように、たまたま日本に来ていた日本語がまったく分からない外国人にとっては、携帯電話のことだけでなく、テレビを見ても日本語がわからないため状況も理解できず、どうやって自分たちの安全を確保すれば良いかを判断するための情報も手に入れるすべがなく、とても不安だったに違いないと思います。携帯電話を始め通信会社や政府には、これを教訓に携帯電話の災害対策と外国人向けの緊急情報伝達システムの整備を考えて欲しいと思います。
数日後、彼女からはお礼の言葉とともに帰国した旨の知らせと僕の安否を確認するSMSメッセージが届きました。昨日から東京ディズニーランドが開園していますが、彼女たちにも、また、いつか機会があったら、もう一度、東京ディズニーランドに来て、夢の国を楽しんでいって欲しいと思います。

「なぜ私は日本から逃げ出さないか」by Paul Blustein (ワシントンポスト2011年3月18日)

“Why I’m not fleeing Japan” (「なぜ私は日本から逃げ出さないか」)と題した記事が3月18日のワシントンポスト(Washington Post)に掲載されました。この記事を書いたのは、元ワシントンポストの記者であるPaul Blusteinさん。現在はご家族と鎌倉に住んでいるようです。

この記事の中で、大震災により発生した福島の原発事故後、日本に住んでいるたくさんの外国人が国外に避難したり、あるいはアメリカでヨード剤が売り切れになったりしていること、また、Blusteinさん自身、たくさんの海外の友人から日本からの脱出の予定を質問されていることに触れて、まるで日本全体が放射性物質のように捉えられていることは、この災害に苦しんでいる日本の復興をさらに難しくすると指摘しています。

僕も、3月11日以降、海外の友人から安否確認のメールをもらったり、あるいは日本の知人の中には関西に避難したり、あるいは海外に避難したりしている人もいます。
「タイに来れば?」と言われえば、もちろん「行きたいね。」と答えていますが、本当はこんな時期にタイにいても、きっと落ち着かないと思うので、日本にいたいと思っています。僕がタイに行ってのんびりとリラックスできるのは、良くも悪くも、日本という母国があって、自分が日本人であるという自覚があるからです。日本というしっかりとした基盤があってこそ、自動車、電気製品、日本の大衆文化、そして日本人という「日本ブランド」が高く評価されていると思うし、多くの海外にいる日本人はそのブランド力を享受しているんだと思います。
スギ花粉症を患っている身としては、この時期は日本にいたくないのが本音ですが、今だからこそ、日本にいて何かしなければという思いがあります。と言っても、僕にはたいしたことはできませんから、せめて、ふつうの生活を送る努力をしたいと思っています。もちろん、タイ好きな僕は、なるべく早くまたタイに行きたいです。だからこそ、1日でも早くこの混乱が終息して、日本の本格的復興が始まるときを待っています。
この大災害を乗り切るという共通の目標をもった日本人は、たぶん、すごい力を出してくれると信じてます。僕がタイに行ける日も、そんなに遠い日ではないはずです。