今年の4月から某大学で1コマ、アジアの社会と文化の科目を英語で教えています。
先月、授業の中で、あるベトナム映画を学生に見せて、その映画で見た社会について、社会的、文化的に興味をもったことについてレポートを書くという課題を出しました。その映画の主人公は10歳くらいの少女で、家出をして一人で街に出てきて、そこで花売りをしながら、様々な人と出会っていくというストーリー展開のものでした。その主人公が生活のために始めた花売りは、元締めのような女性が存在していて、たくさんの少女たちがその女性の下で、花売りをして日々の生活費を稼いでいるというものでした。僕がこの映画を選んだのはベトナムの街かどの生活風景が映し出されていると思ったからで、たくさんのバイクが走り、空気が汚れていたり、人々が路上の屋台で食事をしていたり、そこに生きている人々の姿が映っていると思ったからでした。
学生たちのレポートには、これらのベトナムの姿をとらえて指摘しているものもたくさんあったのですが、特に女子学生の多くが児童労働について書いていました。まず第一に、10歳くらいの子どもが街の中で花を売って歩いたり、あるいは少年が食堂の呼び込みのような仕事をしていることが信じられないようでした。これは映画というフィクションの世界の1シーンであって、実際にはそんなことはないのではないか。彼女たちの多くは、そう思ったようです。そして、このことが気になった学生のうちの何人かは、インターネットを使ってその真偽を調べてみたようです。そして、世界中で児童労働のことが問題となっていること、中でもアジアでの児童労働は多いということなどを見つけ出していました。また、この児童労働のために、学校に通えない子どもたちがうまれ、そうやって育った大人は低賃金の労働にしか就けず、その結果、自分の子どもをまた労働させることになるという、貧しさの悪循環に陥ることに気付いた学生もいました。
そんなレポートを読みながら、なかなか優秀な学生が多いなと感心していると、ある一人の学生がこう書いていました。
「一番驚いたのは、周囲の大人たちが子どもが働いている姿を見ても驚かないことです・・・ということは、きっと、子どもが働くということは日常の光景なんだと思います。」
このレポートを読んでいて、僕はハッとしました。僕も、その周囲の大人たちと同じだったことに気づかされました。タイで生活したことがある方、タイに何度も行ったことがある方なら、夜、レストランなどで食事中に、子どもが花やチューインガムを売りに来たという経験を持っていると思います。僕の個人的経験で言うと、バンコクで生活していると、いつもいつもそういう子どもたちに遭遇するというほどでもないですが、でも、そういう子どもたちを見ることは、それほど珍しくもない経験だと思います。
つまり、僕には、それは見慣れた光景だったのです。
一方、僕が教えているクラスの学生の8割近くは純粋な日本人。残りは、留学生、帰国生、日米のハーフというバックグランドを持った学生で、ほとんどが児童労働が厳しく禁止されている社会で育ってきたのでした。それゆえに、子どもが花売りをするということに、これほど反応したのだと思います。
図らずも、この映画は学生たちの児童労働という社会問題への関心を喚起することとなりました。しかし児童労働と言っても、家族を手伝って働いている子どももいれば、シンジケートによって誘拐されたり、一時的なレンタルだと騙されて都会に連れて来られて強制労働させられている子どもたちもいるわけで、後者の場合にはHuman Traffickingの問題にも及びます。近年、日本のテレビでは東南アジア諸国で取材してきた番組が多数放送され、以前と比べると、それらの国々への理解をかなり深めてきたと思いますが、考えてみると、それらのテレビ映像に花売りの子どもなどは、まったく映っていないですね。
現在、海外に関するたくさんの情報がメディアを介して日本に届いていますが、メディアは情報を選別して伝えている・・・つまり僕たちは「編集」した情報を見せられているということを忘れてはいけないんだと思います。実際にその国に行ってみないと見えてこないこともあるということを、学生たちに覚えておいて欲しいと思いました。